帰敬式(ききょうしき)とは

帰敬式は、阿弥陀如来の教えに帰依し、仏弟子としての歩みを始める大切な儀式です。
真宗では、帰敬式を「おかみそり」とも呼びます。実際に髪を剃るわけではありませんが、仏さまの教えを聞きながら生きていく者として、新たな一歩を踏み出す意味があります。
帰敬式では法名をいただきます。
法名とは、「仏さまの教えを聞く者として生きていく」という願いを表す名前です。私たちは普段、仕事や立場、肩書きによって自分を見ています。しかし仏さまの前では、誰もが等しく救われる存在です。法名は、そのことを忘れないためにいただく尊い名前です。
なぜ帰敬式を受けるのでしょうか
現代は、自分の力で生きなければならない、自立しなければならないと言われる時代です。しかし人生には、自分の力だけではどうにもならない出来事が数多くあります。
病気、老い、別れ、不安、迷い。
そのような現実の中で、私たちは初めて「何をよりどころとして生きるのか」を問われます。
親鸞聖人は、自らを「煩悩具足の凡夫」と見つめられました。立派な人間になったから救われるのではなく、迷い悩むそのままの私に阿弥陀如来のはたらきが届いていることを知らされたのです。
帰敬式は、自分を変えるための儀式ではありません。
阿弥陀如来の本願に支えられて生きる身であることを確かめ、これからも仏法を聞いていこうと願う出発の儀式です。
聞信寺での帰敬式
聞信寺では、2026年10月24日に厳修される宗祖親鸞聖人の御遠忌法要にあわせて帰敬式を執り行います。
帰敬式当日は、親鸞聖人の御真影の前で自らの宣誓文を読み上げ、仏弟子として歩む願いを表明します。そして法名をいただき、念仏申す人生への新たな一歩を踏み出します。
帰敬式は人生の節目です
帰敬式はゴールではありません。
むしろ、「これから仏法を聞きながら生きていく」という人生の出発点です。
人生の支えとは何か。本当に帰るべき場所とは何か。
その問いを抱えながら、阿弥陀如来の願いに照らされて生きていく。その歩みの始まりとして、ぜひ帰敬式のご縁を結んでいただきたいと願っています。




